C09シーン別・暮らし
シニア犬と暮らす人のための引越しの前後|5分で終わらせるケア
引越しの当日、新しい部屋の廊下を歩き出した3歩目で、後ろ足が横へすっと流れました。前の家では一度も見たことのない歩き方です。老犬と暮らしていると、引越しで気にするのはにおいや環境の変化だと言われます。ただ、その日いちばん先に犬の体へ届いていたのは、床のほうでした。フローリングの仕上げが1枚変わるだけで、踏み出す幅も、立ち上がるときの粘りも変わります。引越しは、においより先に足元の話です。この記事は、老犬と引越しをした家で、荷ほどきより先に床を見た人の話としてまとめます。
玄関を上がった3歩目で、後ろ足が横に流れた|引越し当日に老犬の歩き方が変わった経験
引越しの当日は、人のほうが忙しくて、犬の足元を見ている時間がありません。業者が出入りし、玄関は開けっぱなしで、段ボールが廊下の片側に積まれています。その合間に老犬をケージから出して、はじめて新しい部屋の床に降ろした瞬間、その子は3歩だけ歩いて、そのまま止まりました。後ろ足の片方が横へ流れて、体が少し斜めになったからです。
前の家では、同じ歩き方をしたことがありませんでした。10年以上住んだ部屋の床は、目に見えないほど細かく傷が入っていて、犬の爪が引っかかる面がいくらでもありました。新しい家の床は、まだ一度も傷が入っていません。引越しで入れ替わったのは、部屋の広さや間取りではなく、足の裏が触れている面のほうでした。老犬にとっては、ここが最初の変化です。
この日、私たちが用意していたのは、前の家で使っていた毛布と、いつものごはんの器と、においが残っている寝床でした。引越しの記事を読むと、たいていこの3つが出てきます。においを1つ持っていく、という考え方そのものは間違っていません。ただ、老犬が新しい家に着いてから最初の30分で困っていたのは、においではなく、立ち上がるときに後ろ足が滑ることでした。においは、その子が落ち着いて立てるようになってから効いてきます。
- 床の傷が一度リセットされる:長く住んだ家の床には、爪が引っかかる細かい傷が無数にあります。新しい家にはそれがありません
- 家具がまだ置かれていない:壁沿いに何もないので、体を寄せて支えにできる面が消えています
- 敷いていたラグが箱の中にある:荷ほどきの最後に出てくることが多く、いちばん必要な日に無い状態になります
- 玄関から居間までの距離が変わる:前の家より1本長い廊下を、いきなり歩かされることがあります
- 人が立ち止まらない:引越し当日は室内を人が歩き続けるので、犬がよける動きを何度もします
老犬と引越しをすると、その日の夜に「においを気にして落ち着かない」と受け取ってしまう場面がいくつも出てきます。歩かない、同じ場所から動かない、寝床に戻らない。ただ、そのどれもが「足が滑るから動きたくない」で説明できることがあります。においの話と足元の話は、外から見た様子がよく似ています。だから引越しの前後は、先に足元のほうを消しておくと、残った変化が読みやすくなります。
引越しのあと、老犬が落ち着かない理由はいくつも重なります。においも、音も、人の出入りも関係します。ただ、足が滑るという条件だけは、その日のうちに外せます。床に何かを敷けば終わる話だからです。においや音は数日から数週間かけて薄れていきますが、足元は当日に決着がつきます。先に決着のつくほうから外していくと、残った変化がその子の何によるものか、だんだん絞れてきます。
床の材質が入れ替わると、踏み出す幅が変わる|引越しで犬の足元が先に動く背景
犬の足の裏には、肉球という滑り止めの面があります。ここが床をつかむことで、踏み出したときに体が前に進みます。ただ、肉球が働くのは、床の側にも受ける面があるときだけです。つるつるに仕上げられた新しいフローリングは、肉球の凹凸を受け止める面をほとんど持っていません。人がスリッパで歩いても分からない差が、老犬の足では大きく出ます。
もうひとつ、老犬の側の事情があります。年齢が上がると、後ろ足で踏ん張る力が先に落ちてきます。若い犬は滑っても前足で立て直しますが、老犬は立て直す途中でもう一度滑ります。1回滑ったあと、その子は歩幅を自分から狭めます。狭めた歩幅で歩くと、爪が床に当たる角度が変わり、さらに引っかかりにくくなります。引越しの直後に歩き方が変わって見えるのは、この連鎖が数日で完成するからです。
| 床の面 | 足の裏で起きること | 引越し後に出やすい変化 |
|---|---|---|
| 長く住んだ家のフローリング | 細かい傷に爪と肉球が引っかかる | ―(前の家では起きていなかった) |
| 新しいフローリング/張り替え直後 | つかむ面がなく、後ろ足が横へ流れる | 歩幅が狭くなる、方向転換をしなくなる |
| クッションフロア | 面はつかめるが、爪が立つと少し沈む | 立ち上がりは楽、歩き出しはやや重い |
| タイル・石目の床 | 冷たく、濡れると一気に滑る | 水皿のまわりだけ避けて通るようになる |
| 畳 | 縦目に沿ってつかめる | 縦と横で歩きやすさが変わる |
| 毛足の長いラグ | 沈み込んで、後ろ足が抜けにくい | 越えるのを嫌がり、その手前で止まる |
表の最後にあるとおり、柔らかければ良いという話でもありません。毛足の長いラグは、若い犬には快適でも、後ろ足の力が落ちてきた老犬には越えにくい段差になります。引越しを機に新しいラグを買うなら、毛足の短い、平たいものを選んでください。足が沈まないこと、端がめくれ上がらないこと、この2つで足ります。厚みや肌ざわりは、人の側の好みで決めて構いません。
犬の爪も条件のひとつです。引越しの前後はトリミングの予約が飛びやすく、爪が伸びたまま新しい床を歩くことになります。爪が長いと、肉球が床に着く前に爪が先に当たり、指が浮きます。床の材質を変えられない賃貸でも、爪の長さは動かせます。引越しの1週間前に一度切っておくと、当日いちばん条件の悪い日に、足の側だけは整った状態で迎えられます。
老犬が歩いたとき、爪が床を叩く「カツ、カツ」という音が続いているなら、爪が先に当たっています。音が「サッ」と擦れる音に変わったら、そこは滑っている場所です。引越し後の数日は、姿を見るより音を聞くほうが早く分かります。荷ほどきをしながらでも耳は空いているので、擦れる音がした部屋を覚えておいて、あとでそこだけ敷けば足ります。室内のどこが滑るかは、部屋ごとにけっこう違います。
においを合わせるより先に、足が乗る面を決める|老犬と引越しをする人の考え方
ここからが、引越しの前後で実際に動かせるところです。老犬と暮らす家では、荷ほどきの順番そのものを組み替えます。部屋を片づけてから犬を入れるのではなく、犬が通る線だけ先に作って、その外側をあとから片づけます。1日目に全部を整える必要はありません。必要なのは、その子が通る幅ぶんの面だけです。
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荷ほどきの前に、寝床・水皿・トイレの3点を決める
この3点が決まると、老犬が引越し後に歩く線が自動的に3本に決まります。広い部屋の真ん中を横断させないことだけ意識してください。壁沿いに置くと、その子は体の片側を壁に預けて歩けます。3点とも人の動線から少し外すと、荷ほどきの人にぶつかられません。
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3本の線の上だけ、滑らない面を敷く
全面に敷く必要はありません。寝床から水皿へ、寝床からトイレへ、寝床から玄関へ。この3本だけです。幅は、その子の体がすっぽり乗るぶんで足ります。カーペットタイル、毛足の短いラグ、滑り止めシートのどれでも構いません。引越しの荷物に入れておくものが1つあるとすれば、これです。
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曲がり角と、立ち上がる場所を厚くする
滑って困るのは、まっすぐ歩いているときではなく、方向を変えるときと、伏せから立ち上がるときです。廊下の角、寝床の周囲、水皿の手前。この3か所だけは、線の幅より広めに敷いてください。老犬は、立ち上がるときにいちばん後ろ足に体重をかけます。ここが滑ると、立つこと自体をやめてしまいます。
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最初の3日は、線の外へ自分から出させない
抱いて連れて行くのではなく、線の上を歩いて行ける場所だけを使わせます。行ける場所が少ないほうが、その子は落ち着きます。3日たって歩き方が戻ってきたら、線を1本ずつ伸ばしてください。伸ばす順番は、その子がよく見ている方向から決めると外れません。
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4日目以降、においの話に移る
足元が決まってから、前の家で使っていた毛布や、洗っていない寝床のカバーを出します。順番が逆だと、においで落ち着かせようとしているあいだ、その子は滑る床の上で立ち続けることになります。足元は当日に片づき、においは数日かけて馴染みます。片づく速さが違うので、速いほうから手をつけます。
| いつ | やること | かかる時間 |
|---|---|---|
| 引越しの1週間前 | 爪を切る。滑り止めの敷物を、箱の一番上に入れる | 30分 |
| 引越し当日の朝 | 新しい家の床を、素足で歩いて滑る場所を確かめる | 3分 |
| 犬を家に入れる前 | 寝床・水皿・トイレの3点を置き、3本の線に敷物を敷く | 20分 |
| 犬を入れた直後 | 線の上を1往復だけ一緒に歩く。声はかけすぎない | 5分 |
| 当日の夜 | 帰宅後と同じ要領で、足先を拭いて肉球に触っておく | 3分 |
| 2日目〜3日目 | 音を聞いて、擦れる音がした場所に敷物を足す | 毎日5分 |
| 4日目以降 | 前の家のにおいが残った布を出す。線を1本ずつ伸ばす | 毎日5分 |
引越しの前後で、いちばん条件が変わっているのは足の裏です。段ボールの粉、張り替えたばかりの床材、前の家とは別の玄関のたたき。帰宅後、上がる前に足の裏を拭いて、指のあいだと肉球の面を手で確かめます。ここまでで1分です。面が乾いて硬くなっていたら、その日のうちに肉球クリームを塗ってください。老犬は肉球の弾力が落ちてくると、踏み出したときに床をつかむ面積が小さくなります。敷物で乗る側の面を決めたのと同じ理由で、乗せる側の面も整えておきます。荷ほどきの合間に入る長さなので、初日から動かせます。
肉球クリームを引越しの荷物に入れるとき、見ておくのは塗ったあとのほうです。ロウや油脂をベースにしたものはべたつきやすく、べたついた面で新しい床を歩けば、荷ほどきの粉じんがそのまま乗ります。ケアしたはずの肉球に、その日いちばん細かい汚れが戻ってきます。床の側にも移るので、新しい家の床を最初に汚すのが自分で塗ったクリームになることがあります。mofuwa の肉球クリームは、べたつきを可能なかぎり抑えた処方です。原料水に電解水を使っていて、分子の大きいヒアルロン酸が表面にとどまり、小さいほうが角層まで入ります。表面に置くぶんと中に入るぶんを分けてあるので、厚く塗り重ねる必要がありません。老犬の足先は、触られている時間そのものが負担になります。少量で足りることは、それ自体が条件のひとつです。
肉球がやわらかいほうが床をつかめるのは確かですが、床の側がつるつるのままだと、踏み出す幅は戻りません。敷物で3本の線を決めて、そのうえで乾いて硬くなった面を毎日戻していく、という順番にしてください。塗った直後は指のあいだが滑りやすくなるので、拭き取ってから床に降ろすか、寝る前に塗って朝までそのままにするか、どちらかにしてください。
歩き方が戻らない日を、引越しのせいにしない|敷物を入れても残る変化の線引き
ここまでは、床の材質で説明のつく話でした。敷物を入れて3日たっても、歩き方が戻らないときは、引越しの話として片づけないでください。老犬は、環境が変わった時期に別の変化が重なることがあります。引越しという分かりやすい理由があると、そちらに全部を寄せてしまいがちです。次のような変わり方は、床とは別の見方をしてください。
- 敷物の上でも後ろ足が流れる:床の条件を外しても残るなら、足元の話ではありません
- 片側だけが流れる:左右で違う出方をするのは、床の材質では説明がつきません
- 立ち上がるまでの時間が、日ごとに長くなっている:引越しの直後がいちばん悪く、そこから戻るのが床の話です。逆向きなら別です
- 寝ている時間が急に増えた:新しい家で寝る場所を選び直しているのか、動きたくないのか、線の上を歩けるかで分けてください
- 水皿まで来る回数が減った:経路の問題であることが多いのですが、飲む量そのものが減っているなら別の話です
- 足先をなめ続けている、指のあいだが赤い:新しい床材や洗剤に触れた直後だけの反応か、続いているのかを見てください
- 爪の一部が欠けている、出血している:滑ったときに引っかけていることがあります
後ろ足が敷物の上でも流れる、片側だけ引きずる、立ち上がれない、足先をなめ続けて赤くなっている、爪から出血している、食欲や元気が落ちている。いずれかに当てはまるときは、引越しの疲れとして様子を見る前に、動物病院にご相談ください。老犬は変化がゆっくり進むので、引越しのような大きな出来事があると、そちらに理由を寄せて気づくのが遅れます。引越しから3日という区切りを先に決めておくと、様子を見る期限を決めないまま待ち続けることがなくなります。
相談に行くときは、引越しの日付、歩き方が変わった日、敷物を入れた日、その3つをメモして持っていってください。日付が3つあると、床の条件で説明がつく変化なのか、そうでないのかを、その場で切り分けてもらえます。動画を1本撮っておくのも有効です。診察室では緊張して、家での歩き方が出ないことがあります。室内で、いつも歩いている廊下を10秒撮るだけで足ります。
引越しのあと、毎日の習慣が戻るまでには2週間ほどかかります。荷ほどきが終わり、家具の位置が決まり、人の帰宅後の時間が元に戻る。そのあいだ、老犬の側は先に新しい床の上で暮らし始めています。においを合わせる手も、環境を整える手も、その子が落ち着いて立てるようになってから効いてきます。引越しで犬のためにできることを1つだけ選ぶなら、足が乗る面を決めることです。老犬と引越しをする家で、いちばん早く、いちばん確実に動かせるのがそこだからです。
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本記事は日常のお手入れに関する情報提供を目的としており、疾病の診断・治療・予防を目的とするものではありません。皮膚や体調に異常が見られる場合は、自己判断せず動物病院にご相談ください。
