C09シーン別・暮らし

引越しの前後を楽にする、シニア猫と暮らす人の毎日の習慣

公開日 2022年2月12日|文=mofuwa編集部

明るい部屋で、段ボール箱のそばに淡い毛色の猫が静かに座っている
荷物が減った部屋では、家具より先に、いつも歩いていた経路のほうが消えています。写真:Ethan Brooke/Pexels

引越しの前の晩、廊下に段ボールを一列に並べたら、老猫がその夜だけ水を飲みに来ませんでした。水皿は動かしていません。変わったのは、寝床から水皿までのあいだにあった、なにもない床のほうです。老猫にとって、家の中のいつもの経路は、体の一部のようにできあがっています。目でたしかめながら歩いているのではなく、何年もかけて覚えた順番で足を出している。引越しは、その経路を家ごと全部消してしまう出来事です。犬なら散歩コースという外の手がかりから組み立て直せますが、猫の行動範囲は室内そのものなので、前の家から持ち越せる道が残りません。この記事は、新居でいきなり全部を戻そうとせず、まず1本の経路だけを作る、という話です。

荷物が減った部屋から、先に消えるもの|老猫と引越しを迎えた人の経験

引越しで最初に変わるのは、新居ではありません。まだ前の家にいる、荷造りの段階です。廊下に段ボールが並び、本棚が空になり、カーテンが外れる。人の側から見れば「片づいてきた」という状態ですが、老猫の側から見ると、毎日通っていた道の途中に、昨日までなかったものが置かれた状態です。

老猫は、家の中を歩くときに、そのつど道を選んでいるわけではありません。寝床から出て、この角を曲がって、この家具の脇を通って、水を飲んで、トイレへ行って戻る。何年もかけて固まった順番を、ほとんど確認せずになぞっています。若い猫なら段ボールの上に乗って迂回しますが、関節に負担のある老猫は、迂回そのものが一仕事になります。

その結果として最初に減るのは、たいてい水を飲む回数です。次にトイレへ行く回数。どちらも「行きたくなくなった」のではなく、「行くまでの道が増えた」だけです。ところが人の側は荷造りで手いっぱいなので、その日のうちには気づきません。引越しの当日ではなく、その1週間前から老猫の一日は変わりはじめている、というのが実際のところです。

引越しの準備について書かれているものの多くは、犬を前提にしています。犬なら、家が変わっても散歩という毎日の時間が続くので、そこを軸にして生活を組み直せます。老猫にはその軸がありません。だから、荷造りの段階でやっておけることは1つだけです。寝床から水皿とトイレまでの経路には、最後まで荷物を置かない。ほかの部屋がどれだけ段ボールで埋まっても、その1本だけは前の家を出る日まで残しておいてください。

Note老猫が隠れるのは、こわがっているからとは限りません

荷造りが進むと、老猫が押し入れやベッドの下から出てこなくなることがあります。これを気持ちの問題としてだけ読むと、声をかける・抱き上げるという方向に手が向きます。実際には、出てきたあとに歩く道が使えなくなっている、という条件の問題であることが少なくありません。出てこないときは、まず寝床から水皿までのあいだに何が増えたかを見てください。物をどける、という手のほうが先に効きます。

犬は道を覚え、猫は部屋を覚える|引越しが老猫の毎日を止めてしまう理由

犬と猫では、引越しで失うものが違います。犬の行動範囲は家の外まで続いていて、散歩に出れば新しい道を自分で足していけます。猫の行動範囲は室内で閉じています。その中で、寝る場所・水・トイレ・高い場所・日の当たる場所が、決まった位置関係でつながっている。引越しは、この位置関係をひとつ残らず入れ替える出来事です。

老猫の場合、ここにもう一段ぶんの理由が重なります。年齢とともに、見え方も、においの拾い方も、少しずつ変わっていきます。そのぶんを、覚えた順番で補って歩いている。だから、家の中の移動が若いころと同じに見えていても、中身は違います。若い猫は新しい部屋を見て回って地図を作り直しますが、老猫は作り直しに時間がかかり、そのあいだ移動そのものを減らします。

同じ引越しでも、犬と老猫では手がかりの残り方が違う
犬の引越しでよく言われること老猫の引越しで実際に起きること
生活の軸散歩の時間が家の外に残る軸が室内にしかなく、まるごと入れ替わる
新しい場所の覚え方歩きながら外の道を足していける部屋の中の位置関係を作り直す必要がある
最初に変わるもの落ち着きのなさ、鳴く回数水を飲む回数、トイレへ行く回数
人ができる働きかけ散歩に出て一緒に歩く経路の上の物をどける
元に戻るまでの見方散歩の様子で日ごとに分かる室内の移動の量でしか分からない
注意したい時期引越しの当日と翌日荷造りの1週間前から、引越し後2週間

犬向けに書かれた手順を老猫にそのまま当てはめると、「新しい家に慣れさせる」という方向に手が向きます。部屋をひととおり見せる、抱いて回る、名前を呼んで動かす。これは、地図を作り直す作業を人の側のペースで急がせることになります。老猫にとっては、覚えていない場所を歩かされている時間が伸びるだけです。

もうひとつ、においの話をしておきます。前の家では、床にも壁にも家具にも、その子自身のにおいが何年ぶんも付いていました。新居にはそれがありません。においは、老猫が位置を確かめるときの手がかりのひとつです。だから新居では、視覚と記憶だけで歩くことになり、移動のたびに確認の手間が増えます。ここが、引越しのあとに一日じゅう同じ場所から動かなくなる理由のひとつです。

Note「慣れるまで待つ」が長引く家の共通点

引越しから2週間たっても老猫がほとんど動かない、という家に共通しているのは、寝床・トイレ・水が、新居で最初から離れた場所に置かれていることです。前の家では離れていても平気だったのに、と思われるかもしれません。前の家では、そのあいだの道が体に入っていました。新居では入っていません。距離ではなく、覚えていない距離であることのほうが負担になります。

新居では、経路を1本だけ作る|引越し後の老猫に手を戻していく考え方

新居に着いたら、家じゅうを老猫に見せたくなります。ここは我慢してください。最初にやることは、部屋を1つ決めて、その中に短い経路を1本だけ作ることです。広さは要りません。寝床から数歩でトイレ、そこから数歩で水。この3点が近くにそろっているだけで、老猫はその日から自分で動けます。

  1. 1つの部屋を決め、そこだけ先に荷ほどきする

    人の生活動線から少し外れた、扉の閉まる部屋がいいです。引越し当日は人の出入りが多いので、その部屋の扉を閉めておけるかどうかが、老猫が体を伸ばして休めるかどうかを分けます。ほかの部屋は段ボールのままで構いません。

  2. 寝床・トイレ・水を、3〜4歩の距離に置く

    前の家での位置関係は、いったん忘れてください。新居での最初の数日は、正しい配置より、短い配置を優先します。老猫が寝床から立ち上がって、確認せずに行ける距離にトイレと水を置く。ここが1本目の経路になります。

  3. 前の家で使っていた布を、洗わずに1枚だけ置く

    寝床に敷いていたタオルやマットを、引越しの前に1枚だけよけておきます。新居ではそれを寝床に敷いてください。その子自身のにおいが付いた面が1つあるだけで、そこが経路の起点になります。全部を新しくそろえるのは、落ち着いてからで足ります。

  4. その経路の上には、何も置かない

    荷ほどきが始まると、床は一時的にいちばん散らかります。決めた3点のあいだだけは、段ボールも掃除機のコードも置かないでください。前の家の荷造りでやったことを、新居では逆向きにやる、と考えると分かりやすいです。

  5. 5日から1週間かけて、経路を1本ずつ足す

    その部屋の中で老猫が自分から動くようになったら、扉を開けて隣の部屋を足します。次に高い場所、次に日の当たる場所。1日に1本以上は足さない。足した日に移動が減ったら、1本戻します。急がないほうが、結果として早く落ち着きます。

この順番でやると、人の側の毎日も少し楽になります。引越し後の数日は、仕事の帰宅後に少しずつ荷ほどきをすることになります。老猫の経路が1部屋にまとまっていれば、そこだけ床を空けておけばよく、家じゅうを気にしなくてよくなります。老猫の側にも人の側にも、見る範囲が狭いほうが続きます。

新居での最初の1週間、日ごとに見ておくこと
時期老猫の側で見るところ人の側でやること
当日〜2日目水を飲みに来るか、トイレを使ったか決めた部屋の扉を閉めて、経路の上を空けておく
3〜4日目寝床から自分で出てくる回数経路の3点の距離はそのまま。物を足さない
5〜7日目決めた部屋の中を歩き回るか扉を開けて、隣の部屋を1つだけ足す
8〜14日目高い場所や日なたを自分で選ぶか毎日の時間帯をそろえる。食事とケアの時刻を固定する

毎日の習慣についても、ひとつだけ足しておきます。引越しの前後は、人の生活時間が大きく動きます。そのうち、食事の時刻とケアの時刻の2つだけは、前の家と同じにしてください。部屋が全部変わったあとで、時刻まで変わると、老猫の側に前の家から持ち越せるものが1つも残りません。逆に言えば、この2つが変わっていなければ、家が変わっても続いている習慣が2つある、ということになります。

体に触れるケアは、新居では最後に戻します。ただし、戻すときの時刻だけは前の家と同じにしてください。老猫は、年をとるほど毛づくろいの届く範囲が狭くなり、背中の真ん中と尾のつけ根が先に残ります。前の家では自分でできていた場所が、いつのまにか人の側の仕事になっています。mofuwa スキンケアミストは電解水100%で、香料は入っていません。猫は、人にさわられた場所をそのあと必ず自分で舐め直します。置いたものが口へ回ることを前提にできるかどうかが、猫では先に効いてきます。やり方は、寝床に座っている老猫の背中を、布に含ませて毛の流れに沿って1往復なでるだけ。寝床は、新居で最初に作った経路の起点です。そこから一歩も動かさずに済むので、荷ほどきの途中でも、前の家と同じ時刻に同じことができます。電解水なので、つけた直後にわずかに塩素のようなにおいを感じることがあります。新居ではにおいそのものが手がかりになるので、気になるようなら量を減らして、寝床の布ではなく背中だけにしてください。抱き上げて全身を触るのは、そのあとです。

引越しから2週間で見たい変化と、待たずに相談していい範囲

新居で経路が1本できると、そこから先は毎日の記録の話になります。見るのは気持ちではなく、数えられるものです。1日に水を飲みに来た回数、トイレを使った回数、寝床から出ていた時間。この3つだけ、引越しの前の1週間と、あとの2週間で比べてください。前の家にいるうちに数えておくと、あとで比べる相手ができます。

ここまでは、経路の話で説明のつく変化です。次のような変わり方は、引越しの話として片づけないほうが安全です。環境が変わった時期は、原因を引越しのせいにしやすく、そのぶん気づくのが遅れます。犬でも猫でも同じですが、老猫は変化がゆっくり出るぶん、見落としやすくなります。

Caution早めに動物病院へ相談していただきたいサイン

丸1日以上まったく水を飲んでいない、24時間以上おしっこが出ていない、便が2日以上出ていない、食べる量が半分以下の日が2日続く、隠れたまま呼んでも反応がない、体を触ると嫌がる場所ができた、毛づくろいをまったくしなくなった、息づかいが速い。いずれかに当てはまるときは、環境に慣れるのを待たずに、動物病院にご相談ください。引越しの直後だからと様子を見る時間が、そのまま遅れになります。迷ったときは早いほうを選んでください。

相談するときは、引越しの日付、前の家での1日の回数、新居での1日の回数の3つをメモして持っていってください。環境が変わった時期であることが分かると、切り分けが早くなります。数えていなければ「引越し前は毎日2回はトイレに行っていた」という程度の記憶でも構いません。数字の形にしておくと、それだけで話が通ります。

引越しは、老猫にとって、家の中の道が一度に全部なくなる出来事です。戻せるのは家具の配置ではなく、経路のほうです。まず1本作る。そこが使えるようになってから、1日1本ずつ足していく。毎日の食事とケアの時刻は変えない。老猫と暮らす人が引越しの前後にできることは、そう多くありません。多くないぶん、その1本を先に決めておけば、荷造りの最中でも手が回ります。

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本記事は日常のお手入れに関する情報提供を目的としており、疾病の診断・治療・予防を目的とするものではありません。皮膚や体調に異常が見られる場合は、自己判断せず動物病院にご相談ください。